はじめに

自治体に公文書館が設置されていない場合、
「その自治体の記録は、最終的にどうなるのか」という疑問が生じる。

カナダでは、この問いに対して、制度として一貫した前提が置かれている。
それは、記録が保存されない状態を制度として生じさせないという考え方である。

本稿では、カナダにおいて
自治体が独自の公文書館を持たなくても、記録が宙に浮かない仕組みが、
どのように構成されているのかを事例として紹介する。

「保存されない状態」を想定しないという前提

カナダでは、自治体の規模や体制にかかわらず、

  • 組織改編で記録の所在が不明になる
  • 担当者の異動により管理が引き継がれない
  • 保存施設を確保できず放置される

といった状態が、制度設計の前提として想定されていない。

その代わりに、

記録は、必ずどこかが引き受ける

という前提が、法律・制度・運用の中で共有されている。

その前提は「法律」なのか

この考え方は、
「すべての記録を必ずこの機関に移管せよ」と定めた
単一の法律条文によるものではない。

一方で、
担当者の善意や慣行のみに委ねられているわけでもない。

カナダでは、

  • 公的記録を適切に保存・評価・移管する責任そのものは
    連邦法・州法により明確にされている
  • ただし、保存先を一つに固定せず、
    複数の受け皿を想定する制度設計が採られている

という構造になっている。

その結果として、
「保存されない状態」を制度として排除するという前提が、
長年の制度運用の中で定着してきた。

公文書の受け皿は一つではない

自治体に公文書館がない場合、
カナダでは主に次のような受け皿が想定されている。

州公文書館による受入

各州には州公文書館が設置されており、
州政府の記録だけでなく、
独自の保存体制を持たない自治体の記録を受け入れる役割を担っている。

州公文書館は、
例外的な救済措置ではなく、
制度上あらかじめ想定された最終的な受け皿として機能している。

共同・地域アーカイブによる受入

複数の自治体が連携し、
地域単位で記録を保存・管理する共同アーカイブも存在する。

  • 保存施設や設備を共有する
  • 専門職員を共同で確保する
  • 地域の行政活動を一体として記録する

といった形で、
単独設置が難しい自治体でも、
記録保存を継続できる仕組みが整えられている。

大学アーカイブという受け皿

カナダでは、大学アーカイブが
行政記録や地域史資料を受け入れるケースも少なくない。

大学は、

  • 専門職(アーキビスト)を有し
  • 公共性と継続性を備え
  • 長期保存に耐えうる組織基盤を持つ

存在として、制度的に信頼されている。

例としては、
University of Toronto Archives
University of British Columbia Archives
などが挙げられる。

コミュニティアーカイブの役割

地域団体や先住民組織が主体となる
コミュニティアーカイブも、
公的記録の受け皿の一部を担っている。

行政と連携しながら、

  • 記録を保存する
  • 記録を地域の文脈の中で理解・利用する

という役割を果たしている点が特徴である。

なぜ、行き先を一つに限定しないのか

カナダの制度が重視してきたのは、

どこに保存するかよりも、
保存されない状態を生まないこと

である。

そのため、

  • 保存先を一つに固定するのではなく
  • 州・地域・大学・コミュニティといった
    複数の受け皿を制度として用意する

という設計が選択されてきた。

おわりに

カナダでは、
自治体が公文書館を持たない場合であっても、
記録の行き先が制度としてあらかじめ想定されている。

これは、特定の一文で宣言された原則ではない。
しかし、連邦法・州法・制度運用の積み重ねによって、
記録が宙に浮く事態を想定しない制度文化が形成されてきた。

この点については、今回は問題提起にとどめ、別の機会に改めて考えてみたい。