1.経営者、住民の皆様へ
判断と説明責任を考えるすべての方へ ―
なぜ、このブログを書いているのか
企業不祥事、行政の判断ミス、
説明不足による不信や対立。
これらの多くは、
**判断そのものではなく、「判断の根拠が残っていないこと」**から生じています。
後から説明しようとしても、
- なぜその選択をしたのか
- 他にどんな選択肢があったのか
- どこまでリスクを認識していたのか
を示せない。
この状況は、
経営者だけの問題でも、
行政だけの問題でもありません。
説明する側と、説明を受ける側の関係が壊れているのです。
文書管理は、内部の話ではありません
文書管理という言葉は、
どうしても「組織の内部管理」の話として語られがちです。
しかし本来、記録は
- 経営者が説明責任を果たすため
- 行政が住民に説明するため
- 住民が判断を検証するため
に存在します。
記録が残らないという問題は、
内部効率の問題ではなく、社会との関係の問題です。
経営者の方へ
判断は、結果だけで評価されるものではありません。
- なぜその判断をしたのか
- どこまで分かっていて、どこが分からなかったのか
これを記録として残せるかどうかが、
信頼を左右します。
DXやAIを導入しても、
判断の理由を残す設計がなければ、
説明責任はむしろ弱くなります。
住民の方へ
行政の説明が分かりにくい、
納得できないと感じたことはありませんか。
その原因は、
担当者の能力や誠意だけではありません。
そもそも、判断の途中が記録として残っていない
という構造的な問題があるのです。
このブログでは、
行政を批判することを目的としていません。
説明できる行政、検証できる社会をつくるために、
記録がどのようにあるべきかを考えています。
このブログで扱っていること
このブログでは、
- 文書管理・公文書管理
- 判断の記録と説明責任
- AI活用時代の記録の残し方
- 海外事例・国際標準(ISO30301 など)
を、制度論でもIT論でもなく、実務の視点から整理しています。
正解を押し付けることはしません。
代わりに、
なぜうまくいかないのか
どこで記録が抜け落ちるのか
を、言葉にします。
最後に
記録は、
誰かを守るためだけのものではありません。
- 判断した人を守り
- 説明を受ける人を守り
- 社会全体の信頼を支える
ためのものです。
このブログが、
**「説明できる判断とは何か」**を考える
小さな起点になれば幸いです。

