公文書管理を読み解くための補助線 ――「記録成立性の確認」という考え方
はじめに(本稿の立場について)
本稿は、筆者個人の問題意識に基づく整理である。
現行の公文書管理制度や公文書管理法の解釈を否定するものでも、
特定の立場や職能を批判するものでもない。
そのうえで、あえて一つ、
これまで十分に名前を与えられてこなかった行為について、
整理し、言葉を与えてみたい。
本稿で用いる
「記録成立性の確認」
という言葉は、筆者による用語提案である。
現行の法令や行政文書管理ガイドラインに
この用語が登場するわけではない。
公式に確立した概念でもない。
ただし、
実際の公文書管理の現場で、
すでに求められている(あるいは、行われている)行為
を指している。
本稿でいう「記録成立性の確認」とは何か
本稿でいう記録成立性の確認とは、次のような行為を指す。
現用段階において、
判断の理由・経過・結果が、
将来の説明責任に耐える形で
記録として成立しているかを点検する行為。
ここで重要なのは、
この行為が価値判断ではないという点である。
- 永久保存に値するか
- 歴史的価値が高いか
- 公文書館に移管すべきか
といった問いには答えない。
問うているのは、ただ一つ、
「この文書で、後から説明できるか」
という点である。
用語を定義することの意味
この行為にあえて名前を与えることには、
実務上、重要な意味がある。
用語が存在しない状態では、
- 「何となく説明が足りない」
- 「分かりにくい文書だ」
といった、感覚的な指摘にとどまりがちである。
一方で、
「この文書は、
記録成立性の確認が十分に行われているか」
という言い方ができるようになると、
- 何が問題なのか
- どこを改善すべきなのか
を、職員と住民が共通の言葉で議論できるようになる。
用語を定義することは、
責任を押し付けるためではない。
課題を共通認識として持つための基盤を整える行為である。
「評価」とは異なる行為である
公文書管理の文脈で
「評価」という言葉は、一般に、
- 保存期間満了時に
- 歴史的価値の有無を判断する
行為を指してきた。
本稿で扱う記録成立性の確認は、
それとは役割も時期も異なる。
- 現用段階で行われ
- 業務責任と密接に結び付き
- 判断理由が記録として成立しているかを問う
行為である。
この違いを明確にするため、
あえて既存用語を使わず、
新たな呼び方を提案している。
なぜ、あえて用語を提案するのか
公文書管理法や行政文書管理ガイドラインを読むと、
- 意思決定の過程が合理的に跡付けられるよう
- 説明責任を果たす観点から
といった表現が、繰り返し現れる。
これらはすべて、
記録が説明可能な状態に成立していること
を前提にしていると読むことができる。
つまり、
- 行為は求められている
- 義務としても存在している
- しかし
一つの行為として名前が与えられていない
という状態にある。
この「名前のない行為」を言語化することで、
制度や条例、運用の違いが、
より見えやすくなるのではないか。
それが、本稿の問題提起である。
① 「評価」という言葉が、特定の意味で定着していた
公文書管理法が制定された当時、
「評価」という言葉は主として、
- 歴史的価値の判断
- 永久保存に値するかどうかの選別
を指すものとして、制度上・実務上ともに定着していた。
この状況で、現用段階で必要とされる
別種の行為を同じ言葉で表すことは、
かえって役割分担を分かりにくくするおそれがあった。
結果として、
前段で行われている行為は、
「評価」とは名付けられず、
別の表現で条文に織り込まれたと考えられる。
② 現場に新たな判断行為を課すことへの配慮
記録成立性の確認は、
実質的に判断行為を伴う責任である。
しかし法制定当時は、
- 文書管理体制の成熟度
- 専門人材の配置状況
- 電子的管理環境の整備状況
に大きなばらつきがあった。
そのため、この行為を
明示的な義務として切り出すことには慎重さが求められた。
行為そのものを否定せず、
作成義務・管理義務という形で
段階的に位置付けたと読むことができる。
③ レコードマネジメントの語彙が制度化されていなかった
日本の制度語彙の中には、
- Records Management
- Records Manager
という概念が、当時ほとんど根付いていなかった。
一方、カナダや米国では、
- 現用文書の段階で
- 記録が説明責任に耐える形で成立しているかを確認する行為
は、レコードマネージャーの職能範囲として整理されてきた。
日本では、この職能概念が制度上明確でなかったため、
同様の行為を
独立した用語として法に置くための受け皿が存在しなかった。
④ 公文書管理法は「最低限の共通基盤」を狙った法律だった
公文書管理法は、
完成形を一気に示す法律というより、
- 作成を義務付ける
- 勝手な廃棄を防ぐ
- 説明責任の基盤を作る
という最低限の共通基盤を全国に行き渡らせることを
重視した法律である。
その段階で、
- 行為を細かく分解し
- 名称を与え
- 運用方法まで詳細に規定する
ことは、あえて選ばれなかったと理解できる。
⑤ それでも、行為そのものは条文に組み込まれている
重要なのは、
この行為が無視されていたわけではないという点である。
公文書管理法には、
- 意思決定の過程が合理的に跡付けられるよう作成すること
- 必要なときに利用できるよう管理すること
- 説明責任を果たす観点で保存期間を設定すること
といった規定が繰り返し現れる。
これらはすべて、
記録が説明可能な状態で成立しているかを確認する行為
を前提としなければ実現しない。
つまり、
行為は存在していたが、
それを一つの概念として切り出す言葉がなかった
という整理が、最も穏当である。
おわりに ―― なぜ今、この補助線を引くのか
「記録成立性の確認」という言葉は、
公文書管理法を否定するものではない。
むしろ、
- 法が求めてきた行為を
- 現在の制度成熟度に合わせて
- 正確に言語化し直す
ための補助線である。
この言葉を共有することで、
職員と住民が、
**「何が足りないのか」「どこが課題なのか」**を
同じ土俵で考えられるようになる。
それこそが、
公文書管理を制度として成熟させていくための
一つの出発点ではないだろうか。
まとめ
公文書管理法に欠けていたのは、
行為そのものではない。
行為を共有するための名称だった。
「記録成立性の確認」は、
公文書管理を読み解くための
一つの補助線としての私見である。

