はじめに

日本では「文書管理」という言葉が、ごく自然に使われている。
しかしそれが、経営の重要テーマとして語られてきたかというと、そうではない。
多くの場合、文書管理は事務や現場運用の話として扱われてきた。

一方で、米国の主要企業が公開している方針やガバナンス文書を見ても、
“Document Management” という言葉自体が、ほとんど登場しない。

文書管理ポリシーが語られていない、という以前に、
文書管理という概念そのものが、前面には出てこないのである。

第1章

日本で「文書管理」と言うと、何が起きてきたか

日本企業において「文書管理」と言うと、
多くの場合、次のような文脈で理解されてきた。

  • 保存年限をどう定めるか
  • 電子化やファイリングをどう進めるか
  • 事務効率をどう高めるか

いずれも業務上は重要な論点である。
しかし、これらは経営判断そのものではなく、
経営判断を支える後工程として位置づけられてきた。

その結果、文書管理は、

業務上は必要とされてきたが、
経営が自らの責任と結びつけて語るテーマにはなってこなかった。

この位置づけのままでは、
文書管理が経営の議題に上がることはない。

第2章

米国企業が語るのは「文書」ではなく「Evidence」

米国企業の公開資料に共通して見られるのは、
「文書管理」ではなく、次の言葉である。

  • Evidence(証拠)
  • Accountability(説明責任)
  • Risk / Compliance(リスク・法令遵守)

ここで言う Evidence とは、
単に書類が存在することを意味しない。

  • なぜその判断をしたのか
  • いつ、何を認識していたのか
  • 他にどのような選択肢があったのか

こうした判断の過程そのものを裏づける証拠を指す。

文書は管理対象ではなく、
経営判断を説明可能にするための一形態として扱われている。

第3章

海外企業分析

本章では、特定の規格や制度の比較を目的とするのではなく、
海外企業が何を経営の前提として語り、何をあえて語っていないのかを整理する。
ここで取り上げるのは、必ずしも成功事例に限らない。
説明責任が問われた場面で、文書や記録がどのように位置づけられているかに着目する。

3-1. IBM

文書管理ではなく、ガバナンスの話をしている企業

IBMが公開しているのは、
いわゆる「文書管理規程」ではない。

前面に出てくるのは、

  • Information Governance
  • Records as Business Evidence

という考え方である。

IBMにおいて記録(Records)は、
業務活動や経営判断を裏づける**証拠(Evidence)**として位置づけられている。
保存年限や運用手順は、経営ポリシーの下位にある実装事項であり、
対外的に語る必要はない。

3-2. Google

「文書」という言葉すら使わない理由

Googleのポリシーで中心となるのは、

  • Information Governance
  • Data Lifecycle
  • Accountability

であり、「Document Management」という言葉自体がほとんど登場しない。

これは文書を軽視しているからではない。
文書、コード、ログ、意思決定記録を
すべて Evidence として統合的に扱っているため、
「文書」という区分を設ける必要がないのである。

3-3. Johnson & Johnson

危機が浮かび上がらせた「本当のポリシー」

Johnson & Johnson は、
医薬・医療分野における訴訟や規制対応を通じて、
厳しい問いを突きつけられてきた。

いつ、何を知り、
なぜその判断をしたのかを説明できるか。

同社が見直したのは、文書管理規程ではない。
経営判断を Evidence として残す範囲そのものである。

3-4. Volkswagen

不正を止められなかった理由は「文書管理」ではなかった

フォルクスワーゲンの不正は、
技術不正として語られがちだが、本質は別にある。

問題は、
経営判断が後から説明可能な Evidence として残されていなかったことにあった。
この点は、不正発覚後の改革において、
意思決定プロセスの可視化や説明責任の再定義として表面化している。

第6章

なぜ米国企業は「文書管理ポリシー」と言わないのか

理由は三つに整理できる。

第一に、文書は目的ではなく手段だからである。
重要なのは説明責任であり、文書はそのための一形態にすぎない。

第二に、経営ポリシーの主語が「文書」ではなく「責任」だからである。
問われるのは、「どの文書を残すか」ではなく、
**「どの判断が説明可能でなければならないか」**である。

第三に、「管理」という言葉が誤解を生みやすいからである。
フォルクスワーゲンの不正が示したように、
問題は文書管理の巧拙ではなく、
経営判断を Evidence として残せなかった点にあった。

第7章

ISO30301(情報及びドキュメンテーション-記録のためのマネジメントシステム)との関係

ISO30301が求めているのは、
文書管理の高度化ではない。

  • 記録を Evidence として扱うこと
  • トップマネジメントが責任を負うこと
  • 説明不能な経営判断を生まない構造を持つこと

すなわち、
欧米企業が実践している考え方を
規格という形で整理したものである。

おわりに

米国企業が「文書管理ポリシー」と言わないのは、
文書を軽視しているからではない。

文書よりも重いもの――
すなわち「説明責任」から経営を設計しているから
である。

文書管理を強化するかどうか、という話ではない。
経営が、自らの判断を後から説明できるかどうかの問題だ。

この視点に立ったとき、
文書情報マネジメントは、
事務の話でも、ITの話でもなく、
経営そのものの話として立ち上がってくる。