はじめに

原子力施設の安全審査において、
事業者が提出する解析結果や技術資料は、どのように扱われているのだろうか。

あわせて問われるべきなのが、
それらの資料を支える「文書情報マネジメント」を、重要インフラ分野ではどのように位置づけているのか
という点である。

原子力をはじめとする重要インフラでは、

  • 数十年にわたる運用
  • 世代を超えた技術・判断の継承
  • 将来の事故・訴訟・廃炉への備え

が前提となる。
このため、文書は単なる業務記録ではなく、
**安全性・説明責任・検証可能性を支える基盤(インフラ)**として扱われる。

欧州では、こうした認識のもと、
文書情報マネジメントは「事務の問題」ではなく、
安全審査が成立するための前提条件として制度設計に組み込まれてきた。

本稿では、英国・フランス・ドイツの制度資料をもとに、
欧州の原子力安全審査がどのような考え方で設計され、
文書がどのような役割を果たしているのか
を整理する。

  1. 欧州原子力審査の基本的な考え方

欧州の原子力規制では、共通して次の前提が置かれている。

原子力安全とは、
主張(Claim)+証拠(Evidence)+説明可能性(Traceability)
によって成立する。

数値や解析結果は重要だが、
それだけで安全が証明されるわけではない。

  • なぜその前提条件を採用したのか
  • なぜその設計判断に至ったのか
  • 他の選択肢は検討されたのか

といった判断過程を、第三者が文書に基づいて再構築できること
安全審査の核心に据えられている。

  1. 英国:Safety Case を「再構築可能な主張」として扱う

英国の原子力規制当局である
Office for Nuclear Regulation(ONR)
は、安全審査の根本文書として Safety Assessment Principles を公表している。

ここで Safety Case は、
証拠に支えられた構造的な安全主張
と定義されており、
規制当局が独立して評価・検証する対象であることが明示されている。

ONRの審査では、

  • 解析結果の前提条件確認
  • 設計判断の根拠確認
  • 必要に応じた再評価

が行われ、
**説明できない判断は「未整理事項」**として扱われる。

  1. フランス:規制判断と技術検証を分離する仕組み

フランスでは、原子力安全審査において
役割分担が明確に制度化されている。

  • 規制判断:
    ASN
  • 技術検証:
    IRSN

ASNは許認可・判断を担い、
IRSNは事業者提出資料をもとに、

  • 独自解析
  • 設計履歴・試験記録の確認
  • 前提条件の妥当性評価

を行う。

フランスの公式文書では、
事業者による「安全実証」は
検証の対象(objet de contrôle)
であると明確に位置づけられている。

文書が不足している場合、
「安全でない」と断定される以前に、
**「技術的に評価できない」**と判断される点が特徴である。

  1. ドイツ:設計判断の連続性を重視する文化

ドイツの原子力安全文化では、
数値基準以上に**判断の連続性(Traceability)**が重視される。

原子力安全の基本概念は
German Reactor Safety Commission(RSK)
によって整理されており、

  • なぜその設計が選ばれたのか
  • どのような代替案が検討されたのか
  • 当時の判断基準は何だったのか

を、文書で説明できることが求められる。

また、ドイツでは
TÜV
などの第三者技術検証機関が制度的に関与し、
規制当局とは別の立場から検証が行われる。

  1. 欧州に共通する特徴の整理

欧州各国の制度を整理すると、次の点が共通している。

観点 欧州の設計
提出資料 安全主張の出発点
審査者の役割 独立した再構築・検証
文書の位置づけ Safety Evidence
不足文書 評価不能(未確認)
審査の焦点 説明可能性
  1. なぜ「文書」がここまで重視されるのか

原子力施設は、

  • 数十年にわたる運転
  • 世代交代後の保守・改修
  • 将来の事故・訴訟・廃炉

を前提としたシステムである。

そのため、
「いま説明できる」ことではなく、
「将来、第三者が再構築できる」こと
が求められる。

この要請に応えるため、
文書は単なる事務記録ではなく、
安全そのものを支える証拠体系として扱われている。

  1. 文書情報マネジメントは、安全審査の“前提条件”である

欧州の原子力安全審査を見ていくと、
ある点がはっきりする。

文書情報マネジメントは、
審査の後工程ではなく、審査が成立するための前提条件である

  • 文書がなければトレースできない
  • トレースできなければ検証できない
  • 検証できなければ判断できない

この論理が、
規制文書・制度設計の中に明示的に組み込まれている。

おわりに

欧州の原子力安全審査は、
厳しい数値基準や高度な技術だけで成り立っているわけではない。

説明可能性を担保する文書の存在が、
審査制度そのものを支えている。

この視点は、
原子力に限らず、
長期運用を前提とするインフラや大規模システム全般に、
多くの示唆を与えるものだろう。

参考文献

🇬🇧 英国

🇫🇷 フランス

🇩🇪 ドイツ

🌍 国際機関

  • OECD Nuclear Energy Agency
    Safety Case and Safety Assessment
    https://www.oecd-nea.org/jcms/pl_14926
  • OECD Nuclear Energy Agency
    Regulatory Decision Making
    https://www.oecd-nea.org/jcms/pl_15012