業務の視える化という言葉を聞くと、
「大がかりな改革になるのではないか」
「日本の組織には合わないのではないか」
と身構えてしまう人も多い。

第3回で、業務の視える化には経営の覚悟が必要だと述べ、
第4回で、過剰に構えずに始める具体的な進め方を整理した。
それでもなお、どこかに残る不安は自然なものだ。

そこで第5回では、海外ではこの取り組みがどのように位置づけられてきたのかに、目線を向けてみたい。

業務の視える化は「改革」ではなかった

まず、はっきりさせておきたい。
業務の視える化は、欧米では特別な改革ではなかった。
もっと地味で、日常的な営みだった。

人の入れ替わりが前提となり、
職務や役割を基準に仕事が定義される環境では、
「この人がいないと回らない」業務はリスクになる。
そのため、業務を描き、判断点を明確にし、
文書や記録の位置づけを整理することは、
組織運営の前提条件として行われてきた。

それはガバナンスのためであり、
説明責任に耐えるためであり、
変化に対応し続けるためでもあった。

なぜ日本では「大ごと」に見えるのか

一方、日本では、業務の視える化が
「管理強化」や「評価」「摘発」に見えてしまうことがある。

背景には、
人に仕事がついてきた歴史や、
暗黙の引き継ぎで回してきた経験がある。
実務は「分かっている人」が何とかする。
その前提が長く続いてきた。

だからこそ、業務を描こうとすると、
これまで見えていなかったものが表に出ることへの
不安が先に立ってしまう。

第2回で述べた「未知への恐れ」は、
個人の問題ではなく、構造的なものだ。

それでも、もう避けられない現実

しかし、環境は確実に変わっている。

人材の流動化、雇用形態の多様化、
説明責任の重さ、デジタル化やDXの進展。
業務の実態が見えていなければ、
どれも地に足がつかない。

業務の視える化は、
やるかやらないかの選択肢ではなく、
いつ、どの姿勢で向き合うかの問題になっている。

これまで示してきたセオリーの位置づけ

第4回で示した進め方は、
新しい方法論ではない。

完璧を目指さないこと。
重点業務から始めること。
フローは粗く描き、判断点を重視すること。
正しさを裁かず、実務を担う担当者とともに描くこと。

これらは、
欧米で普通に行われてきた実務を、
日本の現場向けに翻訳したにすぎない。

流れに乗るのではなく、流れに応える

ここで、経営に求められている姿勢を整理しておきたい。

業務の視える化は、
流行の言葉に反応して進めるものではない。
同時に、過去のやり方に固執して
先送りできる課題でもない。

経営に求められているのは、
業務の本質を掴んだうえで、
デジタル化やガバナンス強化といった
時代の流れから何が要求されているのかを見極め、
必要な形で応えていくことだ。

恐れを解いた先にあるもの

業務の視える化は、
恐れる必要のある取り組みではない。
特別な改革でもない。

すでに「描く」ことはできる。
手が止まるところに気づくこともできる。

では、その先で何を判断し、
何を変え、何を任せるのか。

その問いに向き合うところから、
次の段階が始まる。