業務の視える化は、改革のゴールではない ――業務の視える化から、何を掴むか 第6回
ここまで、業務の視える化について段階を追って考えてきた。
なぜ進まないのかという問題提起から始まり、心理的なハードル、経営の覚悟、具体的な進め方、そして「恐れる必要はない」という位置づけまで整理してきた。
最終回では、あらためてこの問いに向き合いたい。
業務が視えたあと、経営は何をすべきなのか。
視える化は、完成させて初めて価値が出るのか
業務の視える化というと、
すべての業務を洗い出し、完璧なフローや一覧を完成させて初めて意味がある、と思われがちだ。
しかし実際には、業務を描き始めると、その途中段階で次のようなことが見えてくる。
- 手が止まるところ
- 判断が特定の人に集中しているところ
- 無理な調整で何とか回しているところ
この時点で、すでに重要な成果は得られている。
問題点や課題に気づけること自体が、視える化の本質的な価値だからだ。
視えたあとに、経営に求められる判断
業務が視え始めたとき、経営に求められるのは「すべてを改革する」決断ではない。
むしろ、次のような判断である。
- これは構造的な問題であり、業務再構築や制度の見直しが必要か
- これは現場に任せて、改善を積み重ねていけるものか
- どこから手を付けるか
- 何を今は変えないと判断するか
変える判断だけでなく、変えない判断もまた、経営判断である。
視える化は、改革を即断するための作業ではない。
改革と改善を切り分け、優先順位を考えるための材料を経営に与える。
日本の組織が持っている力
日本の組織は、問題や課題が曖昧なままでは動きにくい。
一方で、問題が明確になれば、改善を積み上げていく力は高い。
業務の視える化は、この改善力が発揮されるための下地を整える営みでもある。
一度改善が回り始めれば、対象となる業務は無理なく、自然に広がっていく。
最初から全社を覆う必要はない。
DXやガバナンスとの正しい関係
DXやガバナンス強化が語られる中で、業務の視える化は流行の施策の一つに見えるかもしれない。
しかし、業務が視えていなければ、
デジタル化も、変革も、説明責任も地に足がつかない。
業務の視える化は、DXの前提条件であり、
同時に、DXを「どう使うか」を決めるための基盤である。
改革とは、仕事を「まっとうな形」に戻すこと
ここで言う改革とは、
単なる効率化やスピードアップに留まるものではない。
業務の視える化を進めると、
どうしても「速くなったか」「人を減らせたか」といった、
分かりやすい成果に目が向きがちである。
しかし、効率化やスピードアップに傾注するあまり、
業務の本質や判断の重みを疎かにしてしまっては本末転倒だ。
特に組織の中では、
「成果を出さなければならない」
「周囲もそうしている」
といった同調圧力が、
知らず知らずのうちに判断を誤らせることも少なくない。
効率を競う判断よりも、
本質を守る判断の方が、
後から問われることは多い。
だからこそ、肝に銘じておく必要がある。
業務の視える化は、
効率を競うための道具ではなく、
仕事を、まっとうな形に戻すための基盤であるという点だ。
結び
業務の視える化は、
すべてを完成させるために行うものではない。
描いていく過程で、問題や課題に気づけた時点で、
すでにその役割は果たしている。
そのとき経営に求められるのは、
すべてを改革することではない。
構造から変えるべきものは何か。
現場に任せて改善を回せるものは何か。
そして、何を優先するか。
日本の組織は、
問題と課題が明確になれば、改善を進める力を持っている。
一度軌道に乗れば、
視える化の適用範囲は、無理なく自然に広がっていく。
視える化とは、
改革のゴールではない。
経営と現場が、
「何を変え、何を任せるか」を判断するための、
静かで確かな出発点なのである。

