第3回 文書・記録は誰のために存在するのか ――現場の困りごとから見えてくる、本来の役割
はじめに
前回は、
文書・記録管理がうまく機能しない理由を、
四本柱が分断された構造の問題として整理しました。
今回は、評価や批判を一旦脇に置き、
現場の視点から文書・記録管理を見つめ直します。
多くの現場では、
文書管理は「重要なのは分かるが、正直しんどい仕事」になっています。
その違和感は、どこから生まれているのでしょうか。
「そのときは、ちゃんと判断したはずだった」
現場でよく聞くのは、こんな声です。
- 「当時の状況を考えれば、妥当な判断だった」
- 「その場では、最善だと思って決めた」
- 「なぜ今になって、説明を求められるのか分からない」
日々の業務は、
決していい加減に行われているわけではありません。
それでも、
時間が経つと、その判断を説明できなくなる。
このギャップが、現場を最も苦しくします。
判断は積み重なるが、記録は後追いになる
現場の判断は、多くの場合こうして行われます。
- 限られた情報の中で
- 時間に追われながら
- 複数の制約を同時に考慮して
判断は「点」として次々に積み重なります。
一方で、記録は、
- 後でまとめて書く
- 忙しくて書けない
- 書くタイミングを逃す
といった理由で、後追いになりがちです。
その結果、
- なぜ迷ったのか
- どこで判断が分かれたのか
- 何を前提にしていたのか
が、記録から抜け落ちていきます。
記録が「自分を守ってくれない」と感じる瞬間
現場にとって辛いのは、
記録が味方になってくれないと感じる瞬間です。
- 書いたはずなのに評価されない
- 書いていないことだけが問題にされる
- 記録の不備が、個人の責任に見えてしまう
この状態では、
文書・記録は「助けになるもの」ではなく、
リスク要因として認識されてしまいます。
引き継ぎで初めて気づく、記録の価値
異動や退職があったとき、
現場は次の事実に直面します。
- なぜそのやり方になったのか分からない
- 判断の前提条件が引き継がれていない
- 同じ検討を最初からやり直している
このとき初めて、
「記録があればよかった」という言葉が出てきます。
つまり、
記録の価値は、平時よりも後になって現れるのです。
現場が本当に欲しているのは「完璧な文書」ではない
ここで強調したいのは、
現場が求めているのは、形式的に整った完璧な文書ではない、という点です。
現場が欲しいのは、
- 何を考えていたのか
- どこで迷ったのか
- なぜその判断に至ったのか
が、後から追えることです。
これは、
自分たちの仕事を正当化するためであり、
次の判断を楽にするためでもあります。
文書・記録は「誰かのため」では続かない
多くの現場で、
文書・記録管理は次のように説明されがちです。
- 「監査のため」
- 「万が一のため」
- 「将来、誰かが見るかもしれないから」
しかし、この「誰かのため」という説明は、
現場の行動を変えません。
現場が動くのは、
自分たちの仕事が楽になり、守られると実感できたときです。
おわりに
現場の困りごとを丁寧に見ていくと、
一つの結論に行き着きます。
文書・記録は、
まず現場のために存在しなければ続かない。
そして、
現場のために書かれた記録こそが、
結果として経営を支え、
説明責任を可能にします。
次回は、
この現場の記録が
どのように内部統制や説明責任につながっていくのかを整理します。
本シリーズで扱っているテーマ
本稿は、文書・記録管理を「事務」や「補助業務」としてではなく、
価値創造と信頼を同時に成立させる経営基盤として捉え直す
連載シリーズの一編です。
シリーズ全体では、
民間企業から自治体へと視点を移しながら、
現場・経営・制度という異なるレイヤーから、
文書・記録管理の意味を構造的に整理しています。
シリーズ構成
- 第1回
価値創造と信頼を同時に成立させる経営基盤
――「四本柱」で考える、これからの文書・記録管理 - 第2回
なぜ多くの企業は「文書管理」でつまずくのか
――分断された四本柱という構造問題 - 第3回
文書・記録は誰のために存在するのか
――現場の困りごとから見えてくる、本来の役割 - 第4回
内部統制はなぜ「回っていない」と感じられるのか
――現場の記録が、説明責任につながらない理由 - 第5回
自治体における「経営の最上位責任」とは何か
――企業経営との共通点と決定的な違い - 第6回
公文書管理条例は、何のために存在するのか
――事務規程ではなく「住民との約束」 - 第7回(最終回)
なぜ公文書管理は「改革」にならなければならないのか
――DXでも効率化でもない、本当の理由文書管理や公文書管理について、
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