「文書管理は、文書を管理する仕事ではなかった」(自治体第6回)
ここまでの回で見てきたように、
多くの自治体では文書は整理され、適切に保存されています。
それでも、住民説明や監査、引き継ぎの場面で、
「なぜこの判断になったのか」を説明するのに、
時間と労力を要することがあります。
そのたびに、
「整理が不十分だったのではないか」
「文書管理規程をもっと厳格に運用すべきではないか」
と考えがちですが、問題の本質はそこにありません。
私たちは長い間、
文書管理を「文書をどう整理し、保存するかの話」
として捉えてきました。
文書番号を付け、
年度ごとにまとめたファイリングを行い、
保存期間を管理する。
これらは自治体運営に不可欠であり、
多くの職場が誠実に取り組んできた分野です。
しかし、現場で本当に問われているのは、
文書の体裁ではなく、
業務の中で行われた判断を、後から説明できるか
という点です。
どの選択肢を検討し、
どこで意見が分かれ、
なぜこの結論に至ったのか。
住民や議会、監査に対して求められるのは、
まさにこの説明です。
つまり、
文書管理の本当の対象は、
文書そのものではなく、
行政判断の証拠だったのです。
世界の行政機関も、同じことで長く苦労してきた
この問題は、日本の自治体だけのものではありません。
欧米を含む多くの国の行政機関でも、
- 決定文書はあるのに、理由が説明できない
- 担当者が替わると、経緯が分からなくなる
- 監査や調査のたびに、後から説明を作り直す
- 記録は残っているのに、責任の所在が曖昧になる
といった課題が、長年繰り返されてきました。
重要なのは、
ISO 30301 が、
最初から完成された理想論として作られた規格ではない
という点です。
ISO 30301 は、
各国の政府機関や大規模組織が実際に経験してきた
失敗や試行錯誤を通じて、
「どこでつまずくのか」
「なぜ説明できなくなるのか」
を整理した結果として形になっています。
言い換えれば、
ISO 30301 は
世界が先に苦労してたどり着いた解決策
をまとめたものなのです。
文書管理規程とISO 30301は、扱っている軸が違う
ここで誤解してはいけないのは、
ISO 30301 が
既存の文書管理規程を否定するものではない、
という点です。
日本の自治体にある文書管理規程は、
文書をどう整理し、保存し、廃棄するかを定めた
事務処理のルールです。
これはこれで、自治体運営に欠かせない基盤です。
一方で、ISO 30301 が扱っているのは、
それとは別の次元の問いです。
文書管理規程が扱ってきたのは、
「文書ができた後」をどう管理するか。
ISO 30301 が扱っているのは、
「文書が必要になる前」、
つまり業務の中で判断が行われる場面です。
ISO 30301 は、
業務のどこで判断が行われ、
その結果、どのような記録が後から必要になるのかを、
業務設計の一部として考える枠組みを示しています。
その意味で、
文書管理規程と ISO 30301 は対立関係ではなく、
役割の異なる補完関係にあります。
文書管理のスコープを広げる、ということ
この視点に立つと、
文書管理の位置づけは大きく変わります。
- 文書管理は、業務が終わった後の作業ではない
- 文書管理担当部署だけの仕事でもない
- 監査対応のためだけのものでもない
行政運営そのものを支える、業務の一部になります。
これまで
「文書管理がうまくいかない」と感じていた違和感は、
職員の努力不足や意識の問題ではありません。
文書を見る視点が、少しズレていただけです。
文書管理とは、
文書を管理することではなく、
行政判断を、後から説明できる状態に保つこと。
それが、このシリーズを通じて見えてきた答えであり、
ISO 30301 が示している
文書管理の本当のスコープです。

