過去の案件について説明を求められ、
「資料は全部そろっているはずだ」と思いながら、
フォルダを開いた経験はないでしょうか。

企画書、検討資料、議事メモ、決裁文書。
年度別に整理され、案件名も付いている。
「文書管理ができていない」感じはしない。

それでも、説明しようとすると手が止まります。
なぜこの案を選んだのか。
どこが判断の分かれ目だったのか。
資料を見返しても、その答えがすぐに見つからない。

結局、
フォルダを行き来し、
メールを検索し、
「当時の担当、誰だっけ?」と人を探し始める。
文書はそろっているのに、探し回ることになる。

引き継ぎでも同じです。
ファイル一式は渡される。
けれど新しい担当者が知りたいのは、
結論そのものより、
「なぜそう考えたのか」という背景です。

ここで多くの組織は、
「整理や分類が足りなかったのでは」と考えます。
しかし、整理をいくら工夫しても、
この“探し回る感じ”はなかなか消えません。

理由は、文書の量や整理の問題ではありません。

仕事では、検討し、迷い、比較しながら判断します。
しかし文書として残るのは、
判断が終わった後の最終資料だけです。

A案とB案で迷ったこと。
途中で引っかかった点。
最後の決め手になった理由。
こうした「考えていた時間」は、
仕事の中には確かにあったのに、
文書にはほとんど残っていません。

だから後から振り返るとき、
文書では足りず、
人や記憶を探し回ることになるのです。

次回は、
なぜこの状態が多くの企業で当たり前になっているのか。
そして、整理や分類を否定せずに、
探し回らなくて済む仕事の進め方について考えてみます。