はじめに

前回まで、
民間企業を念頭に、現場の判断と記録がどのように内部統制や説明責任につながるのかを見てきました。

ここからは視点を少し広げ、
自治体という組織に目を向けます。

民間企業と自治体は、
目的も評価軸も異なる組織です。
しかし「説明責任」という観点から見ると、
共通する構造と、決定的に異なる点の両方が浮かび上がります。

共通点:自治体にも「経営の最上位責任」は存在する

自治体というと、
「経営」という言葉に違和感を覚える人もいるかもしれません。

しかし、次の問いに向き合う必要がある点では、
民間企業と自治体は共通しています。

  • なぜその判断を行ったのか
  • どのような選択肢があり、何を選んだのか
  • その結果について、どう説明するのか

自治体においても、
首長や幹部は組織として意思決定を行い、
その判断に責任を負います。

この意味で、
自治体にも確かに
**「経営の最上位責任」**は存在します。

違い①:説明責任の相手が異なる

民間企業では、
説明責任の相手は比較的限定されています。

  • 株主
  • 取引先
  • 規制当局

一方、自治体では、
説明責任の相手は住民です。

しかもそれは、
特定の利害関係者ではなく、
不特定多数の住民全体を相手にした説明責任です。

この違いは、
文書・記録管理の意味を大きく変えます。

違い②:成果だけでは説明にならない

民間企業では、
一定の成果や結果が説明力を持ちます。

  • 業績が向上した
  • 大きな問題は起きなかった

しかし自治体では、
結果だけで説明が終わることはありません。

  • なぜその方法を選んだのか
  • 他の選択肢は検討されたのか
  • 手続きは適切だったのか

判断の過程そのものが、
説明の対象になります。

違い③:時間軸が長い

自治体の判断は、
短期で完結しないものが多くあります。

  • 複数年度にわたる事業
  • 将来世代に影響する政策
  • 人が入れ替わりながら継続される行政運営

判断に関わった人がすでに異動・退職している状況で、
説明が求められることも珍しくありません。

このとき頼りになるのは、
個人の記憶ではなく、
組織として残された記録です。

自治体では「説明できること」自体が価値になる

ここまでの違いを踏まえると、
自治体では次のことが見えてきます。

  • うまくいったかどうか
  • 問題が起きなかったかどうか

以上に、

  • なぜそう判断したのかを説明できること
  • その説明を、誰もが後から確認できること

それ自体が、
自治体の価値になります。

説明できる行政であることが、
住民からの信頼を支えるからです。

民間編から自治体編へ

これまでの民間企業編では、
現場の困りごとから出発し、
記録が内部統制や経営の説明責任につながる流れを整理しました。

自治体では、
この説明責任が
個別の取組ではなく、制度として要請される
という点が大きく異なります。

次回は、
この説明責任を制度として支える
公文書管理条例に焦点を当てます。

おわりに

自治体における文書・記録管理は、
効率化や事務改善の話では終わりません。

それは、
説明責任を果たし続けるための経営基盤です。

この視点に立ったとき、
なぜ条例が起点になるのかが見えてきます。

本シリーズで扱っているテーマ

本稿は、文書・記録管理を「事務」や「補助業務」としてではなく、
価値創造と信頼を同時に成立させる経営基盤として捉え直す
連載シリーズの一編です。

シリーズ全体では、
民間企業から自治体へと視点を移しながら、
現場・経営・制度という異なるレイヤーから、
文書・記録管理の意味を構造的に整理しています。

シリーズ構成

  • 第1回
    価値創造と信頼を同時に成立させる経営基盤
    ――「四本柱」で考える、これからの文書・記録管理
  • 第2回
    なぜ多くの企業は「文書管理」でつまずくのか
    ――分断された四本柱という構造問題
  • 第3回
    文書・記録は誰のために存在するのか
    ――現場の困りごとから見えてくる、本来の役割
  • 第4回
    内部統制はなぜ「回っていない」と感じられるのか
    ――現場の記録が、説明責任につながらない理由
  • 第5回
    自治体における「経営の最上位責任」とは何か
    ――企業経営との共通点と決定的な違い
  • 第6回
    公文書管理条例は、何のために存在するのか
    ――事務規程ではなく「住民との約束」
  • 第7回(最終回)
    なぜ公文書管理は「改革」にならなければならないのか
    ――DXでも効率化でもない、本当の理由

    文書管理や公文書管理について、
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