第4回 内部統制はなぜ「回っていない」と感じられるのか ――現場の記録が、説明責任につながらない理由
はじめに
前回は、
現場が文書・記録管理に対して抱いている
「ちゃんとやっているはずなのに、後で困る」という違和感を見てきました。
今回は、その違和感を一段引き上げ、
内部統制や説明責任と、現場の記録がどのようにつながっているのかを整理します。
ここでも、
評価や批判ではなく、
なぜそう見えてしまうのかという構造に焦点を当てます。
内部統制は「別の世界の話」になりやすい
多くの現場にとって、
内部統制は次のように受け止められがちです。
- 規程やルールの話
- 監査やチェックの話
- 年に数回、対応すればよいもの
日々の業務とは、
どこか距離のある存在です。
そのため、内部統制は
業務の一部というより、後から対応するイベント
として意識されやすくなります。
現場は「統制を無視している」わけではない
ここで確認しておきたいのは、
現場が内部統制を軽視しているわけではない、という点です。
実際の現場では、
- 規程を意識して判断している
- 逸脱しないよう配慮している
- 問題が起きないよう気をつけている
にもかかわらず、
そのことが後から伝わらない。
このズレが、
「統制が回っていない」という印象を生みます。
内部統制が「回っている」とはどういう状態か
内部統制が回っている状態とは、
単にルールが存在していることではありません。
少なくとも、次の三点が説明できる必要があります。
- どの前提条件のもとで判断したのか
- どのルールを意識して行動したのか
- なぜその判断を選んだのか
これらが説明できて初めて、
「統制が機能していた」と言えます。
記録がなければ、統制は“見えない”
ここで重要になるのが、
記録の役割です。
現場でどれほど慎重に判断していても、
- 判断の根拠
- 迷った点
- 検討した選択肢
が記録として残っていなければ、
内部統制は後から確認できません。
つまり、
統制は、記録によって初めて見えるようになるのです。
「結果」だけでは統制は評価できない
監査や確認の場面では、
しばしば結果が問われます。
- 問題は起きなかったか
- 事故はなかったか
もちろん重要ですが、
結果だけでは統制の有無は判断できません。
- たまたま問題が起きなかっただけなのか
- 適切な判断が積み重なっていたのか
これを区別するために必要なのが、
判断の過程を示す記録です。
現場の記録が、経営を支える瞬間
現場にとって、
記録は「自分の仕事を守るためのもの」でした。
一方で、その記録は、
- 経営が説明責任を問われたとき
- 組織として判断を振り返るとき
- 再発防止や改善を考えるとき
に力を発揮します。
現場の判断が記録として残っていることで、
内部統制は
仕組みとして回り始めるのです。
おわりに
内部統制が「回っていない」と感じられる背景には、
現場の判断と、後からの説明の間にある断絶があります。
その断絶を埋めるのが、
文書・記録管理です。
現場のために書かれた記録が、
結果として内部統制を支え、
経営の説明責任につながっていく。
次回は視点をさらに広げ、
自治体という組織では、この説明責任がどのような意味を持つのかを見ていきます。
本シリーズで扱っているテーマ
本稿は、文書・記録管理を「事務」や「補助業務」としてではなく、
価値創造と信頼を同時に成立させる経営基盤として捉え直す
連載シリーズの一編です。
シリーズ全体では、
民間企業から自治体へと視点を移しながら、
現場・経営・制度という異なるレイヤーから、
文書・記録管理の意味を構造的に整理しています。
シリーズ構成
- 第1回
価値創造と信頼を同時に成立させる経営基盤
――「四本柱」で考える、これからの文書・記録管理 - 第2回
なぜ多くの企業は「文書管理」でつまずくのか
――分断された四本柱という構造問題 - 第3回
文書・記録は誰のために存在するのか
――現場の困りごとから見えてくる、本来の役割 - 第4回
内部統制はなぜ「回っていない」と感じられるのか
――現場の記録が、説明責任につながらない理由 - 第5回
自治体における「経営の最上位責任」とは何か
――企業経営との共通点と決定的な違い - 第6回
公文書管理条例は、何のために存在するのか
――事務規程ではなく「住民との約束」 - 第7回(最終回)
なぜ公文書管理は「改革」にならなければならないのか
――DXでも効率化でもない、本当の理由文書管理や公文書管理について、
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